湯原温泉: おふくの方湯治邸跡

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おふくの方湯治邸跡
おふくの方湯治邸跡
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おふくの方湯治邸跡・歴史・観光・見所
おふくの方湯治邸跡(真庭市湯原町)概要: おふくの方湯治邸跡おふくの方湯治邸跡天正12年(1584)、豊臣秀吉の側室で、五大老宇喜多秀家の生母である「おふくの方」が病に罹った際、秀家が当地に湯屋を設けて療養したとあります。元禄4年(1691)に編纂された作陽誌にこの時の様子が詳しく記されており、当時の領主で宇喜多家の家臣だった牧籐左衛門家信が秀家の命で湯原温泉に湯屋の他、寄宿10余棟を造営し「おふくの方」は37日間湯治療養した記載されています。おふくは才色兼備の女性として知られ、当初は高田城主、三浦貞勝に嫁ぎましたが永禄8年(1567)に高田城(真庭市勝山)が落城すると、宇喜多直家の正室として迎え入れられ、天正9年(1581)に直家が死去すると豊臣秀吉の側室となりました。おふくは約1ヶ月の間この湯屋で療養した結果、手足の痛みが消え再び大坂城に召しだしされとされ、秀吉の寵愛ぶりが窺えます。おふくと直家との子供である秀家も秀吉の養子となり備前・備中・美作を擁する大大名(57万4千石)として大きな影響力をもつようになります。
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